LINDAがクレジットされているアルバムが検索で出てきた。
BEEN/松原正樹 1985年
クレジットの最後に"Linda Programmed by 浦田恵司"とある。
探せば他にも出てくるかもしれない。
松武「スペックは8ビットで、秒数は1.2秒でした。これをのちに改良したのが"オレンジ"という機械で、こっちはPC-98を使っていて、12ビットで2秒になるんです。LMDの中身はZ80で、膨大なRAM(64キロ・バイト×12個)が挿さってました」
これらの発言をまとめると以下のようになる。のちのオレンジはPC-98のディスプレイ上で音の加工やタイミングを設定できるようになるのだが(それでも音色バックアップは、まだカセットへの録音記録だった)、
上の文章はご丁寧にRAM64kb×12というところまで "電子音楽 in JAPAN" の松武さんの発言と同じであり、 それがWikipedia日本語版"LMD-649"の文章とミックスされている。"電子音楽 in JAPAN"の文章が少し分かりにくい書き方なので誰かが文脈を読み違えPC-98とZ80を間違えたか、誰かが間違って文章をコピペしたのだろう。LMD-649はすぐに改良版が作られ、Apple II互換機用のケースに納めたことから、アップルをもじって「オレンジ」と呼ばれました。CPUにz80、RAM64kb×12。その後も数々のレコーディングの現場で活躍しました。
当時秋葉原などに数多く出回っていた、Apple IIの互換機製作用のプラスチックケースに後継機は納められた。Apple IIそっくりになった外観から、アップルをもじって「オレンジ」と命名。以降、数々のレコーディングの現場で、ジャケットにはクレジットされることなく活躍した。
このようなことは全く書かれていない。 Wikipedia日本語版の著者は一体どこから上の内容を引っ張ってきたのだろう?謎は深まるばかり(笑)である。まだまだブログのネタになりそうだ。
LMD-649はノイズなど音質に問題があり(注1)、録音時間も短かったために、すぐに改良版が作られた(注2)。当時秋葉原などに数多く出回っていた、Apple IIの互換機製作用のプラスチックケースに後継機は納められた。Apple IIそっくりになった外観(注3)から、アップルをもじって「オレンジ」と命名。以降、数々のレコーディングの現場で、ジャケットにはクレジットされることなく活躍した。
雑誌『サウンド&レコーディング・マガジン』に、オレンジの製作記事が数ヶ月にわたり、スペックを限定した内容で連載(注4)されている。
(真鍋ちえみ『不思議・少女+』封入写真を見て)そうそうこれ。全部僕の機材。これが最初のサンプラー「LMD-649」。 YMO『BGM』あたりから使っているやつ。1.2秒しかサンプリングできない。でも当時リン・ドラムは8bit、こっちは12bitだからハイ・クオリティ、しかもリン・ドラムは早いテンポだとおっつかないし、いっぺんに鳴らすとずれまくる。
その後プロになってからは、シンセサイザー・プログラマーの松武秀樹さんが"オレンジ(松武氏が当時カスタムで制作したオリジナル・サンプラー)"をスタジオに持ってきたのを使わせてもらったりしてね。
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