2012年11月アーカイブ

ナック マイ・シャローナ 1979で少し述べたYさんの自宅兼仕事場、福生の米軍ハウス・ジャパマハイツの一軒家。平屋だがアメリカサイズ?で、玄関を入った広いLDKを中心に周りに8~10畳くらいの部屋が3つくらいあったと思う。冬は寒くLDKには煙突付きの大型石油ストーブ(ポット式)が置いてあった。上記のジャパマハイツのページでは"夏暑く"とあるが、夏は湿度が低く快適だったと記憶している。

福生駅を降りると駅前には送迎用の米軍基地ナンバーのクルマがとまっていたりした。

ジャパマハイツには独特の雰囲気があり、住民同士の何かユルーイ連帯感みたいなものがあった。当時目新しい黄色いデリカが運搬車だったが、近所のジャパマハイツ内に全く同じ車がいてたまにすれ違うとお互い手を振ったりしていた。そっちの家には飼い犬がいて、こちらが前を通るとご主人のお帰りかと勘違いし通りに出てくるのだった(笑)。

まぁ良い話ばかりでもなく土地の権利関係がゴチャゴチャだとかで境界線でもめたり、自分の土地だと私道に杭を打ってクルマが通れなくなったりした、なんていう話があった。あと都市伝説めいた話だが、ある時空き地に家の建築が始まったが途中で中止され材木の山だけが残った。そのうち材木がちょっと減り、またしばらくするとちょっと減り、いつの間にか全部無くなってきれいになってしまったとか(笑)。

さて、Yさんのハウスの隣は大瀧詠一さんの小スタジオ兼趣味用?のハウスだった。これは偶然ではなくYさんは大瀧さんの古い知り合いだったから。覗かせていただいたことがあるが、ひと部屋はレコード棚にターンテーブルと小さなミキサー、テープレコーダー、スタンドマイクの置いてあるDJ用で確か当時そこでラジオ番組を制作なさっていたと思う。この画像かもしれない。
あとなぜか別の部屋には分解されかけのハモンドオルガンがあり、ズラリ並んだトーンホイールを見て「ほほぅー」と感心した覚えがある。ご本人も数回お見かけしたと思う。


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