豊洲 1989年から2019年まで30年間の変化が一目で分かる時間スライダー 1989 2019

国土地理院の1989年と2019年の空中写真(航空写真)の向きとサイズを重ね合わせ、豊洲の30年間を移動できる画像スライダーを作成してみた。

東京都江東区豊洲に初めて訪れたのは1986年、ドゥ・スポーツプラザ晴海ラケットボールスクールに通い始めた時。「晴海」の看板は偽りありだが当時豊洲と言ってもおそらく場所が分かりにくく、知られた「晴海」と名付けたのだろう。未だ有楽町線は豊洲まで伸びておらず東銀座から送迎バスが出ていた。1987年末にプラザ勝どきに引っ越してからは月島駅が開業するまで都バスで通っていたと思う。

当時IHIの造船所は現役で高さ5m位はあろうかというコンクリート塀に厳重に囲われており、豊洲はIHIの企業城下町感があった。

1989年の画像を見ると工場や倉庫(+何かの貯蔵タンク)が多く、東京都港湾局専用線の線路・線路跡が残り豊洲運河に架かる鉄道橋、豊洲橋梁も残っている。2019年にはマンション・タワーマンション、オフィスビルに埋め尽くされているのが分かる。2026年現在、結婚式場アニヴェルセル豊洲等はすでに建て替わり変化の早さを感じられる。

こちらのスライダー(外部リンク)は画像拡大できるので細部が確認可能。

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