私はどうやって一橋中に越境入学できたのか? 1968

一橋中の思い出を書いてきて、ふと自分はどうやって台東区から千代田区立一橋中学校に越境入学できたのか考えてみた。

はっきり覚えていることがある。入学前、母親と一緒に「一橋中入学にお世話になる方」のお宅へ伺ったことがあり、高級な手土産を持って行ったことから大事な相手なのだろうと感じた。そのお宅の場所は荒川区だったようだ。

そのお宅には過去に千代田区へ越境入学していた大学生のお子さんがいたとうっすら記憶している。越境入学ノウハウのネットワークがあったのかもしれない。

私は今まで入学前に一時住民票を千代田区に移し入学手続をしたのだと思っていたので、今回確認するため台東区役所に行き戸籍の附票の写しを取ってみた。幸いなことに手書きの原本が破棄されずに残っており、それを見ると社会人となり実家から離れるまで私の住所は変わっていなかった。

つまり住民票を移さず越境入学できていた。千代田区学区内のどなたかの住所を前出の方の口利きで間借りしたのではと想像するが住民票の提出をすることなく例えば「寄留」など可能だったのだろうか?

SWITCHED-ON BACH スイッチト・オン・バッハ 1968

発売当時購入したLPレコードである。アメリカで発売されたのが1968年10月なので、この国内盤は1969年発売だったかもしれない。ジャケットはバッハ先生が座っている初期版。

これも当時購入した1969年発売のSWITCHED-ON BAROQUE スイッチト・オン・バロック。SWITCHED-ON BAROQUE なるタイトルは日本盤だけの副題らしく、海外盤ではThe Well-Tempered Synthesizer(良く調律されたシンセサイザー)としか書かれていない。

このジャケットの銀と白ストライプの空間は何となく「タイムトンネル」を思わせる。

そしてこれも1970年当時購入したSWITCHED-ON CHRISTMAS、明らかにSWITHED-ONシリーズの人気に便乗した企画盤と思っていたらオリジナルタイトルはCHRISTMAS Becomes ELECTRICで、今回50年近く経ってタイトルロゴの下に小さくCHRISTMAS Becomes ELECTRICと書いてあるのに気が付いた(笑)。もちろん演奏はワルター・カーロスではない。

レコードプレーヤーを処分してしまい30年間聴けなかったのだが最近CDボックスセットがあることを知り中古購入してみた。リマスター盤で1974年に初版、1999年に第2版が出ていて購入したのは第2版、とはいえこれももう20年経っている。初版の解説書に加え分厚い第2版の解説書が付き機材について詳しく述べられている(当然英語だが)。

CDは上記のSWITCHED-ON BACH,THE WELL-TEMPERED SYNTHESIZERに加えSWITCHED-ON BACH II,SWITCHED-ON BRANDENBURGSの4枚。