8ビットCPUで作成したCGアニメーション 1980で使用したシャープ製ボードコンピューターSM-B-80Tシリーズのカタログが出てきた。
立派なフルキーボード、各種拡張ボードやユニバーサルボードまで用意されている。にもかかわらずこちらのページにもあるようにちゃんとしたカードケージもケースも無いのが不思議である。
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8ビットCPUで作成したCGアニメーション 1980で使用したシャープ製ボードコンピューターSM-B-80Tシリーズのカタログが出てきた。
立派なフルキーボード、各種拡張ボードやユニバーサルボードまで用意されている。にもかかわらずこちらのページにもあるようにちゃんとしたカードケージもケースも無いのが不思議である。
以前プラザ勝どきのパンフレットや賃料表を載せたが、今度は入居時にもらったプラザ勝どきプラン集が出てきた。住居だけでなくレストランやスポーツクラブの間取りが掲載されているのが興味深い。住んでいたのはA棟4階銀座サイドのワンルーム。
では1987年に戻りどの間取りでも選んで(2年間はタダで)住んで良いとなったらどれにしよう?
第一希望はA棟最上階の銀座サイド1K(Ⅲ)A-1402となる。使いにくいこと間違いなしだが25.4畳1/4円形ワンルームは面白すぎる。第二希望はやはりA棟最上階銀座サイドの2LDK(Ⅰ)A-1404,1405(Ⅱ)A-1406。間取りは普通だがリビングダイニングに珍しい吹き抜けトップライトがあって開放感と室内の明るさが最高だろう。現実的に3年目以降も住むなら第三希望はB棟2階~13階(なるべく上階)の角部屋1LDK(Ⅱ)B-0207,B-0329~1329。L字バルコニー付きで窓が2面にあり明るく眺めが良さそうだ。また廊下の端となるので廊下に面した窓が無い。



さてそれぞれの部屋の賃料は、A-1402¥230,000+管理費¥15,000、A-1404~1406¥180,000+管理費¥15,000、B-0207,B-0329~B1329¥122,000~¥126,000+管理費¥10,000となる。
アドテックシステムサイエンス社製、COMKIT8060,8061の価格表やカタログが出てきた。COMKITというだけあって共にパーツキットとなっている。
なぜキット販売されていたか価格表を見て分かった。既にラインナップされている同一バス規格のボード類を組み合わせてBASICコンピューターとして使えるようにした物だった。8060と8061の違いは拡張性で8061は外部にバスを引き出すことにより各種のインターフェースボードを使えるようにしてあった。なので以前書いたレーザーディスプレーコントローラーはおそらくCOMKIT8061を使用していたと思う。
またNIBLBASICを走らせるために自作したCRTターミナルのカナキーの並びが変だと以前書いたがCOMKIT8060,8061も全く同じ変な並びだった。NIBLBASICの仕様だったのか? 自作CRTターミナルではアルファベットしか使えなかったのだがCOMKITではカナが表示できたようだ。
以下の価格表のG その他の7. シュガートミーフロッピードライブ?!とは何ぞやと調べてみたらシュガート ミニフロッピードライブのミスタイプだった(笑)。
エプソンQC-10のカタログ。8ビットPCとして最上級クラスの印象。価格もセイコーエプソン(Wikipedia)によれば本体価格398,000円、グリーンモニタ54,000円、キーボード43,000円だった。QC-10を使ったことはないが周辺機器の音響カプラCP-20は最初にパソコン通信を始めた時に使っていた。
このカタログは1983年5月現在とされているが前年10月には16ビットPC初代PC-9801が発売されており、1983年10月には5.25FDD2台内蔵のPC-9801Fが398,000円で発売されている。このオフィス向け最上級8ビットPCはどれくらい売れたのだろう?




独自の16mmフィルムマガジンを使用する超小型カメラ、ミノルタMINOLTA 16 MG-SとミノルタMINOLTA 16 QTのカタログ。カタログは同じフォーマットで作られ同じモデルの同シーン別カットが掲載されていることから同時に発行されたようで、ミノルタ 16 QTが1972年発売なので1972年頃とした。しかしこちらのページではミノルタ 16 MG-Sは16 QTが出て販売終了となっており、この2つのカタログ間には時間差があったのかもしれない。








ヤシカアトロンエレクトロ、ヤシカが製造していたミノックス互換超小型カメラ。




一眼レフカメラのレンズ前面に取り付けてフィルムに日付を写し込むアダプター。1970年に初めてデート機能を搭載したコンパクトカメラ キヤノデートEが発売されたが、一眼レフのデート機能は1976年発売のニコンF2データか、同じく1976年発売のキヤノンAE-1用データバックA(発売年不詳)まで多分無かった時代。このパンフレットには発行年が記載されていないが、フィルムに写し込む日付のサンプルが「08 6 76」になっているので1976年と推測した。
何と実物をコレクションされている方がおられた!
レンズから写し込む?日付のピントは?と考えてしまうが心配ご無用、デートナーには日付用のピント調整つまみが付いている。パンフレットでも説明されていてまず被写体にピントを合わせた後、日付のピントを合わせるのだ。そう、だからこそ一眼レフでなければ実現できないアイデアだった訳。いったい何台売れたのだろう?


Canon 110EDのカタログ。1982年頃、中古で買ってみた。残念ながらプリント画質が良くなくてほとんど使わなかった。このカメラのレンズを取り外し改造してマイクロフォーサーズのミラーレス一眼に取り付けるWeb記事では綺麗に撮れているので、やはりフィルムサイズとプリントの問題だったのだろう。


