サンシャイン・レザウンド 1986

これは和製レザリアム?といったようなもので、1986年10月~12月の3ヶ月間サンシャインプラネタリウムで行われたレーザーショーである。下はパンフレット(クリックで拡大)。

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勤務先の仕事として私も制御系開発担当として関わっていた。
少なくとも1984年に京都で開催された国際伝統工芸博サントリードームの時にはレーザーショーシステムをSMPTEタイムコードで音声や外部機器と同期できるようにしていて、ここではその改良版システムが使われていたと思う。自動再生で上映中のオペレーションは不要だった。下はプログラムより。
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確かFM局とタイアップして聴取者ご招待上映会もあったと思う。
さて、ここをご覧の方でレザウンドをご記憶の方 がいらっしゃいますかどうか。。。

2014年4月12日

アスキーネットの会員カード 1986頃

アスキーネットの会員カードが出てきた。

バーコードも磁気ストライプもなしのプラスチックカード。
裏面にコマンドの簡易マニュアル(忘備録?)が載っている。当時のパソコン通信はDOSベースだから、コマンドを打ち込まないと何も始まらなかった。クリックで拡大。
アスキーネットの会員カード 表
アスキーネットの会員カード 裏

2011年6月18日

アスキーネットから来た手紙 1986

アスキーネットには1985年のID4けた時代から参加していた。

初めのころは300ボー(300bps=ビット・パー・セコンド)の電話機カプラで接続した。エプソンが初めて低価格で発売したCP-20だったと思う。そんなスピードでも1バイト文字列のやり取りなら結構使えたのである。当時ネット上の日本語は半角カナ文字だった。

漢字はPCに漢字ROMが載っていないと使えなかった時代である。

会員が増えてIDが5ケタになった後、1986年10月にその手紙はやって来た。

ネット上で不正行為を働いたのでアカウントを1カ月停止するというのだ。「えええっ?」身に覚えのない私は何回か手紙(ネットは止められているし(笑))のやり取りをしたが結局理由が何だったのかは分らずじまい。ウィキペディアにあるように当時のシステムは初歩的であり、ネットユーザーがちょこちょこっとコマンドを打ちこむだけでシステムに入れてしまうような状態だったと思う。今考えれば知り合いとのチャットか掲示板でのやり取りで何か教えてもらったことを無意識で試したのかもしれない。

このメールと一緒に、1987年5月9日亀戸の東京平安閣で行われたアスキーネットユーザーのイベント(オフ会)で撮影した写真が出てきた。「アスキーネット一刻」とかそんな感じのイベント名だったかな。

壇上の方々はアスキーの担当者や掲示板のSIGオペだと思う。さて、これを覚えていらっしゃる方がどなたかここを覗かれますかどうか。。。

2011年3月2日