昔使っていたPCの写真 1980前後

昔使っていたPC(マイコン)の写真が出てきた。

これは1979年頃の自宅の写真(白黒ポラロイド)。右側は自作NIBL BASICマシンに接続した自作CRTターミナル。ビデオモニタでは無くTV2chで接続していたようだ。NIBL BASICマシン本体はどれか分からない。

左側には後に3DCGアニメーションを作成することになるシャープSM-B-80Tのメインボードと中央手前の黒い専用キーボードが写っている。その奥に自作した風の10キーらしき物が写っているが何に使っていたか不明。

これは1980年頃。NIBLマシンは姿を消しシャープSM-B-80TにSM-B-80T/GT(グラフィクスボード)を接続しSM-B-80T/GT用フルキーボードとビデオモニタが写っている。ボード本体は背後のケースに入れたようだ。

モニタ画面に表示されているのはsubLOGIC社製3D グラフィクスパッケージ(ソフトウェア)を使った3Dワイヤフレーム。以下の写真も同様。これらの画像を8mmフィルムカメラでコマ撮りし3DCGアニメーションを作成した。

これはシャープSM-B-80Tの後に手に入れたAPPLEⅡ違法コピー機と純正フロッピーディスク diskⅡ。10キーとジョイスティックが一体になったコントローラーをつなげており、こちらでも3Dワイヤフレームを表示させている。このdiskⅡの構造が単純で面白くヘッドの移動はらせん状の溝を持った円盤をステッピングモーターで回すだけであり、らせん状の溝にかんだヘッドが平行移動する仕掛け。

こちらのページこの画像でdiskⅡの構造がよく分かる。感謝。

この写真は仕事場で撮っており1984.7.27の日付が入っている。Z80 CP/Mマシン SANYO MBC-200について以前載せたがその1年後位、本体は写っていないがおそらく初代NEC PC-9801と並んで置いてある。この時点で使用していたか不明だがPC-9801にはカノープス製Z80ボードを取り付けZ80の開発環境をMBC-200からPC-9801上のZ80へ移行させていった。写真左端に写る赤いのはCPUの足を挟んでロジックアナライザに接続するクリップだろう。

シャープSHARPマイクロコンピュータSM-B-80Tシリーズのカタログ 1980

8ビットCPUで作成したCGアニメーション 1980で使用したシャープ製ボードコンピューターSM-B-80Tシリーズのカタログが出てきた。

立派なフルキーボード、各種拡張ボードやユニバーサルボードまで用意されている。にもかかわらずこちらのページにもあるようにちゃんとしたカードケージもケースも無いのが不思議である。

COMKIT 8060/61 BASIC GRAMMAR 1978

NIBL BASICの文法マニュアル。COMKITに付属していた物と思われる。「APPLICATION FOR NIBL VOL.1」とは異なり活字で印刷されているが当然ワープロでは無くおそらく和文タイプで清書したのだろう。下線や枠線、記号などが手書きで加えられている。

COMKIT 8060,8061のカタログ、価格表 1978

アドテックシステムサイエンス社製、COMKIT8060,8061の価格表やカタログが出てきた。COMKITというだけあって共にパーツキットとなっている。

なぜキット販売されていたか価格表を見て分かった。既にラインナップされている同一バス規格のボード類を組み合わせてBASICコンピューターとして使えるようにした物だった。8060と8061の違いは拡張性で8061は外部にバスを引き出すことにより各種のインターフェースボードを使えるようにしてあった。なので以前書いたレーザーディスプレーコントローラーはおそらくCOMKIT8061を使用していたと思う。

またNIBLBASICを走らせるために自作したCRTターミナルのカナキーの並びが変だと以前書いたがCOMKIT8060,8061も全く同じ変な並びだった。NIBLBASICの仕様だったのか? 自作CRTターミナルではアルファベットしか使えなかったのだがCOMKITではカナが表示できたようだ。

以下の価格表のG その他の7. シュガートミーフロッピードライブ?!とは何ぞやと調べてみたらシュガート ミニフロッピードライブのミスタイプだった(笑)。

8ビットCPUで作成したCGアニメーション 1980

SubLOGIC社製8080/Z80 3D graphics package 1978でふれたシャープ製Z80ボードSM-B-80Tと256*160ドットのモノクログラフィクスボード上でsubLOGIC社製3Dグラフィクスパッケージを走らせCRT画面を8mmフィルムカメラ(ニコン R8)でコマ撮りして1980年に作成したCGアニメーションの8mmフィルムを発掘した。

デジタル化し再編集、スピード・輝度調整した動画を載せる。

どうしてCRTを8mmフィルムでコマ撮りしたのか意味不明に感じられるだろうが、画像1カットを描画するのにおそらく数秒はかかっていてリアルタイムでは動画にならない。プリントスクリーンのような機能を付けて撮ったら動画化できたかもしれないが当時そのスキルが無く、手元にコマ撮りできる8mmフィルムカメラがあったのでそれで撮影しようということになったのだろう。カメラは電気接点でシャッターが切れたのでCPUボードから接点ON/OFF制御できる回路は組んだのだが実際自動でシャッターを切ったのか記憶に無い。

「SC/MPによるマイコン入門」の雑誌記事 4 1978

「SC/MPによるマイコン入門」連載第4回(最終回)の記事。

改めて記事を読んでみると電子工作初心者向けに分かりやすくかつ製作上の注意点がしっかり押さえられており、自分が作る気になったのも納得である。当時、なんとかギリギリ理解できて手が届きそうな感覚だったと思う。

「SC/MPによるマイコン入門」の雑誌記事 2,3 1977

以前初めてのマイコンECOM-800は自作だった 1978で1977年10月号から1978年1月号まで月刊誌トランジスタ技術に掲載された「SC/MPによるマイコン入門」を読んで人生初のコンピューターを製作したことを書いた。

雑誌記事は1から4まで4回掲載されたのだが、そのうち2から4までの掲載誌が出てきた。1977年11月号と1977年12月号の記事を以下に載せる。47年前の記事である。

1970年代後半当時の個人で手に入れられるコンピューターに関しては「1970年代後半期におけるマイコン・キット製品 vs PC製品」という論文に詳しく解説されている。

SANYO MBC-200 を使っていた頃 1983

昔、仕事で三洋電機の8ビットPC MBC-200を使っていた。CP/M上でPascal MT+を走らせてZ80用の組み込み用ソフトウェアなどを作成していた。ROM,RAM領域を別々に指定でき便利だった。448,000円とずいぶん高く感じるが、当時はCRTやFDDも価格が高かったので全部入りと考えると割安だったのかもしれない。また5.25インチFDDが2DDで容量の大きさも魅力だったような気がする。

写真に写っているのは私で、何かの波形をオシロで見ている。私の奥にMBC-200本体とキーボードが見えている。左上のベージュとオレンジのキーはROMライターだが側面の2段のフラットケーブルコネクタが気になりZ80 ICE兼用だった?と検索したらやはりROMライター兼Z80 ICE(インサーキットエミュレータ) コンピュータリサーチ社CRC-80WXだった。Z80組み込みボードを設計し作成するまでは良いがモニタプログラムも外部との通信手段も無くデバッグできない。そこでこのZ80 ICEの出番、CPUソケットにCPUではなくICEのエミュレータープラグ?を挿しCPUの振る舞いをさせながらデバッグするのである。

左の角ばったCRTターミナルみたいなのはおそらくこのボードをボードだけ個人輸入して裸のCRTモニタと一緒にケースに入れ組み立てたCP/Mマシン。奥の銀色の箱はそのCP/Mマシン用に中古の8インチFDDを2台買って組んだもの。どうして5.25インチFDDでは無く巨大な8インチFDDにしたのか不明。こちらのCP/Mマシンは仕事とは関係なく個人で買った物だが家に置き場がなく仕事場に置いてあったのかも。

ちなみにこのCRTターミナルみたいなケースの背の低いモデルをLMD-649で使用した。

EPSON エプソン QC-10 のカタログ 1983

エプソンQC-10のカタログ。8ビットPCとして最上級クラスの印象。価格もセイコーエプソン(Wikipedia)によれば本体価格398,000円、グリーンモニタ54,000円、キーボード43,000円だった。QC-10を使ったことはないが周辺機器の音響カプラCP-20は最初にパソコン通信を始めた時に使っていた。

このカタログは1983年5月現在とされているが前年10月には16ビットPC初代PC-9801が発売されており、1983年10月には5.25FDD2台内蔵のPC-9801Fが398,000円で発売されている。このオフィス向け最上級8ビットPCはどれくらい売れたのだろう?