プラザ勝どきの間取りプラン集 1987

以前プラザ勝どきのパンフレットや賃料表を載せたが、今度は入居時にもらったプラザ勝どきプラン集が出てきた。住居だけでなくレストランやスポーツクラブの間取りが掲載されているのが興味深い。住んでいたのはA棟4階銀座サイドのワンルーム。

では1987年に戻りどの間取りでも選んで(2年間はタダで)住んで良いとなったらどれにしよう?

第一希望はA棟最上階の銀座サイド1K(Ⅲ)A-1402となる。使いにくいこと間違いなしだが25.4畳1/4円形ワンルームは面白すぎる。第二希望はやはりA棟最上階銀座サイドの2LDK(Ⅰ)A-1404,1405(Ⅱ)A-1406。間取りは普通だがリビングダイニングに珍しい吹き抜けトップライトがあって開放感と室内の明るさが最高だろう。現実的に3年目以降も住むなら第三希望はB棟2階~13階(なるべく上階)の角部屋1LDK(Ⅱ)B-0207,B-0329~1329。L字バルコニー付きで窓が2面にあり明るく眺めが良さそうだ。また廊下の端となるので廊下に面した窓が無い。

さてそれぞれの部屋の賃料は、A-1402¥230,000+管理費¥15,000、A-1404~1406¥180,000+管理費¥15,000、B-0207,B-0329~B1329¥122,000~¥126,000+管理費¥10,000となる。

30年間暮らしたタワマンからUR団地へ引っ越した件 3 2025

UR団地に引っ越して1ヶ月半が過ぎた。天井は低め、窓やドアの高さも低めなのにあまり狭さを感じないのは何故かと考えたら建物が壁式構造だからだった。今まで住んできたマンションは全てラーメン構造で部屋の角に柱や梁の出っ張りやベランダ側へ吸排気のダクトを通すための偽梁?もあった。今の部屋はキッチンのレンジファンはベランダ側の壁から直接排気で天井のダクトも無い。

構造としての壁のためドアや窓の大きさを変えられないデメリットがあるが、部屋のコンクリート壁は220mm位の厚みがあり箱として十分頑丈そうだ。

プラザ勝どき解体 2025

先日勝どき駅前バス停から有楽町へ都バスで向かう際、プラザ勝どきへの通路が閉鎖されていた。プラザ勝どき解体・建て替えのニュースは知っていたがとうとう解体かと感慨深かった。

1987年末完成後から1995年までA棟4階のワンルームに住んでいた。1986年からラケットボールをするためにドゥ・スポーツプラザ晴海へ東銀座から送迎バスで通っていた(豊洲駅は未だ無い)。バスで勝鬨橋を渡るときに見える建築中のプラザ勝どきにある日入居者募集の垂れ幕が掛かり、引っ越し先を探していた私は立地に惹かれたのだった。当時勝どきに住んでいると言うと「人が住んでいるの?」と訊かれたような場所。

建築から40年経たないうちに解体とはずいぶん早く経済寿命が来たものだ。

入居前に室内やベランダからの風景を撮ったポラロイド(ノイズ除去済み)が出てきた。

キッチンは電熱ヒーター1台のみ。A棟は大型給湯器からの集中給湯で住居にガスが配管されていない。ガラスが田の字にはまっている白いドアを友人から「男女7人夏物語の扉」と命名されたが確かに似ている。当時流行っていたのだろう。

ベランダから勝鬨橋を見た画像には二葉亭(後のデニーズ)の屋根が写っている。視点は異なるが現在のストリートビューではニチレイとその横の倉庫が無くなりニチレイのビルになっている。築地市場の立体駐車場も無い。

ベランダから隅田川上流側を見た画像にはIBMビル(当時)、三角形の築地永谷コーポラス、明石町ポンプ所、つきじ 治作(料亭)が写っており皆現存する。画像右端のマンションは建て替わりその先に聖路加タワーが建つことになる。

30年間暮らしたタワマンからUR団地へ引っ越した件 2 2025

引っ越しは最高の整理術かと思う。16年間住んだベルタワーからより狭い部屋に引っ越すために大量の粗大ゴミ、燃える・燃えないゴミを捨てた。いかに無駄な物を大量に収納して無駄なスペースに高い家賃を払っていたかを考え、住まいに対する意識がガラリと転換した気がする。

タワーマンションからの眺めは良くライブカメラも運営できたわけだが毎日眺めることは無い。それより中央区、江東区に住んだ最大のメリットは都心から郊外へ逆方向(下り)通勤する事で通勤ラッシュとずっと無縁でいられたことだろう。中学、高校時代がもっとも通勤ラッシュに巻き込まれていたと思う。

今回引っ越した団地でもここから都内へは通勤ラッシュとなる。今の仕事先は都内から離れる方向なので引き続き安泰?だ。

この団地は最寄り駅←→団地間のバスが1時間に4~6本出ておりクルマがなくても便利。また団地のバス停から部屋まで3分ほどで、部屋から団地内の個人商店、スーパーまでも3分で行ける。団地は広いのでこの部屋の位置も引っ越しを決めた理由の一つだ。またリビングの目の前は広い公園で木々の緑が眼に入ってくる。

住民数が多いので団地内の商店街が機能しているのも良い。個人商店で肉、魚、野菜を買うなんて子供の頃以来かもしれない。比較してベルタワー近くの辰巳団地の団地内商店街はベルタワーに引っ越した16年前は半数くらい開いていた気がするが今はほぼシャッター街である。ベルタワーは最寄りの辰巳駅から歩いて15分弱かかり、駅からのルート上にある食品スーパー「ワイズマート」からベルタワーまでも12~13分かかった。団地内のスーパーと比べれば「ワイズマート」の方が利用者が多くずっと気が利いていたが利便性を考えると現状は悪くない。また15~20分歩けば大型スーパーもある。

人のことは言えないが団地の印象としては高齢者の方が多い。建築年近くから住み続けられている方もいるだろう。

大きく環境が変わり、暮らしやすさとは何か考えている。

30年間暮らしたタワマンからUR団地へ引っ越した件 1 2025

東京都中央区「リバーシティ21新川」35F 1995~ 「リバーシティ21イーストタワーズ2」15F 2000~ 江東区「ベルタワー」16F 2009~ と30年間タワーマンションに住んできて、2025年6月に東京を離れUR団地に引っ越した。

収入と将来の生活とを考えてのことだが引っ越しの状況、部屋の環境や考えたこと感じたことを書いてみたい。

引っ越し先としてURを選んだのは入居条件を満たしていれば誰でも入居可能であり民間賃貸の年齢や信用調査などの審査が無いから。ただし好条件の物件の空きは当然少なく、URの物件ページに掲載されて1週間も経たないうちに新しい借主が決まってしまう。

今回の引っ越し先はリノベーション済み(和室2部屋+DKを和室1部屋+LDKに)の部屋で同じ団地内の別なリノベーション物件をページで見つけたのがきっかけだった。問い合わせるとまだリノベーション工事中で内覧可能日までは数日あり素直に待っていたら内覧可能日以前に借主が決まってしまった。実は仮契約制度があり仮契約から7日間は物件を押さえておけるのだった(仮契約は1物件だけ可能)。

そこでその後今回の物件の掲載を見つけてすぐ団地を下見し(部屋はリノベーション中)雰囲気が良かったのでその足で現地案内所で仮契約した。仮契約中もURの別物件を内覧したが、結局リノベーション済みの今回の部屋の契約となった。

契約から入居可能日(鍵受取日)までは12日間ぐらいで原則その日から1ヶ月以内に引っ越すことが求められる(延長は可能)。私はぎりぎり1ヶ月以内に引っ越したが、契約からはなかなかせわしないスケジュールとなる。

引っ越し先の部屋はベルタワーと比べると広さは2/3、家賃管理費は1/3である。内覧時になんだか部屋が明るいことに気付いたがそれもそのはず南北両面に窓があるのだ。トイレとバスルームに窓があるなんて戸建ての実家以来である。いままで住んできた全てのマンションでトイレとバスルームに日はささず日中でも真っ暗だった。ついでに廊下が存在しない(階段の踊り場左右に玄関がある)ので廊下に面した部屋も無い。建物両側の窓を開ければ風が通り抜ける。

建築年は1970年だが度重なる改良・リノベーションで設備的には今時のマンションだ。建築当時はBF型風呂釜だったであろう場所には新しい給湯器が付き洗面所でもキッチンでも当然お湯が出る。トイレにもコンセントがある。が、改良・リノベーションを繰り返した結果カバーに覆われた追加の配管・配線類があちらこちらに見られることになり建築当時からの給排水の太い鉄管も室内にむき出しだ。洗練からはほど遠いが70年当時からの建具に味もありこの感じが楽しめる人向きである(私は楽しい)。たとえばバスルーム入口の人研ぎだったりする。収納は少なくキッチン収納以外は押し入れしかない。押し入れに広い天袋があるのが救いである。

天井高は230cmで低め。室内ドアやふすまの高さは174cm、ベランダに面した掃き出し窓のガラス戸高は170cmである。建築年から判断するとスラブ厚は120mmのようで階上の騒音は伝わりやすいが住民が互いに気を遣い合っている印象で、実際ベルタワーより静かである。

意外に感じるかもしれないがTV視聴とインターネット環境はベルタワーより良い。ベルタワーでは部屋のアンテナ端子では地上波しか観ることができずBS・CSを観るためにはケーブルテレビかアンテナ取付が必要だった。ケーブルテレビでは視聴料の他、指定のレンタルセットトップボックスしか使えないのでBS・CSアンテナを取り付けていた。こちらでは部屋のアンテナ端子(無料)で地上波・BS・CSが観られる。

インターネット環境はより差が開きベルタワーはフレッツ光ネクスト、機器室から部屋までは電話線を利用したVDSL接続で下り68Mbps位であり夜間はスピード低下することもあった。こちらでは部屋まで光ファイバーのフレッツ光クロスで今「みんそく」で計ってみたらIPv6接続で下り3032.77Mbps上り2344.56Mbpsだった。40倍以上速い。

長くなったので次につづく。。。

プラザ勝どきの入居パンフレット 1987

1987年末、中央区勝どき橋のたもとに建ったプラザ勝どきに引っ越した。

現在デニーズが入っている場所には双葉亭というフォーマル寄りのフレンチレストラン、スポーツクラブNASの場所には勝どきウェルネスクラブというスポーツクラブがあり、そのクラブはバブル期だけあって入会時に数百万の保証金が必要かつ年齢制限(大人のみ)があった。

ここに住んでいた頃、田原俊彦主演のTVドラマロケに銀座で遭遇したり目の前の勝どき橋に屋台を置いてロケをしていた記憶があり検索してみたら、教師びんびん物語第4話にその屋台が登場しており背景に上記双葉亭の看板が映っていた。

当時、営団地下鉄有楽町線月島駅はまだ存在せず(開通は1988年6月)、都バスで銀座方面に出るか日比谷線築地駅まで歩くかいずれかだった。

プラザ勝どきの隅田川対岸や、勝どき橋を挟んだ向かいのたもとにはまだ倉庫が残り、晴海通り向かいにはゴルフ練習場!があった。パンフレットの航空写真に写っている。

西仲通りのもんじゃ焼きはすでに有名だったがもんじゃ店の数は今よりずっと少なく、魚屋、煎餅屋、味噌樽を並べた乾物屋等他の商店の方が多かったと思う。引っ越した当初、月島もんじゃ元祖と呼ばれる好美家さんに行ったことがある。

当時晴海団地晴海高層アパートは健在。2階建ての教習コースのコヤマドライビングスクールも現役。そして晴海には東京国際見本市会場があり、晴海団地沿いに左へ行けば豊洲の造船所があった。当時豊洲はIHIの企業城下町感が強かった。

プラザ勝どきのパンフレット 表紙・裏表紙

プラザ勝どきのパンフレット 1

プラザ勝どきのパンフレット 2
航空写真に注目!

プラザ勝どきのパンフレット 3

共益費

お申込みからご入居まで

プラザ勝どき 新築時の賃料表
賃料表 私が住んでいたのはワンルーム

高層階にやって来たセミ

私が住んでいるのはマンションの10数階だが、夏の終わり頃ベランダにセミが落ちていることがある。

おととしなどは4,5匹ひっくり返っていた。
今年も1匹ひっくり返っていたが昨日、元気なセミに遭遇した。
自室に入るとPCの辺りからジーという音がする。ファンでもいかれたかなと思って耳を近づけてみるとどうやら窓の外から聞こえている。
もしやセミか?と思い当たりベランダに出てみるとアブラゼミ(鳴き声で調べた)が壁にとまって鳴いていた。
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この画像を撮影したあと、音声付きの動画を撮ろうと思い別のカメラを手に再び近づくとセミは急に飛び立ち、空に向かって飛んで行って見えなくなってしまった。
以前も高層階に住んでいたが、そこにセミが来ることはなかった。周囲の環境も影響しているのだろうが、セミにはこの建物が大きな木に見えるのだろうか?
しかしセミの生態というのも不思議である。アブラゼミは6年間地中で過ごしたあと、地上に出て来て1ヵ月くらい鳴いて交尾して死んでしまう。
人間に例えるなら、
歌手を目指すも全く鳴かず飛ばずだった男性が68才の春にいきなり大ブレーク、シングル100万枚のヒットを飛ばして年末の紅白に出場。翌年には40才年下の女性と結婚、父親となるも70才でコンサート中急死。みたいな感じ?
ちょっぴり羨ましいかもしれない(笑)。

2011年9月 9日

地震! Mar.11.2011

今午後5時半だがまだ余震で時々揺れている。

東京運河交差点が動作していないのは地震の影響ではない。何と昨日の夜からカメラが故障しているためである。

以前住んでいた超高層マンションでもそうだったが、地震の揺れは建物の固有振動の周期となるので船酔いしそうなゆっくりとした揺れになる。今回の揺れは今まで経験したことのない大きさの揺れだった。
初めのうちは大したことないかと思っていたがだんだん揺れが大きくなってきて部屋のあちらこちらでギシギシ音がし始め、家具は倒れなかったものの本棚の本がかなり落ちキャスター付きの洋服ハンガーなどは倒れた。揺れの激しい時は何かにつかまっていないとよろけそうなほどだった。
棚から落ちて電池が外れて止まった時計。揺れが収まって室内を見てみるとキッチンの壁紙に床から天井まで裂け目ができていた。ゆがみで破れたのだろうか。
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バルコニーに出てみると何か破片が落ちている。見上げるとコンクリートの梁の角が欠けているようだ。こちらもゆがみに耐えられなかったのだろうか。
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2011年3月11日