国立映画アーカイブ 『交通.通信機関の今昔』1932年(昭和7年)に東武スカイツリーライン隅田川橋梁と周辺の興味深い風景、浅草松屋屋上のロープウェー航空艇が写っていた。
隅田川橋梁と東武浅草駅・浅草松屋が完成・開業したのはこの映画前年の1931年(昭和6年)である。

橋梁や架線柱の特徴ですぐに隅田川橋梁だと分かる(12:43~)。右奥に見えるモダンな建物は1930年(昭和5年)に建てられた復興小学校の浅草小学校。

東武浅草駅名物の大カーブに差し掛かると何と浅草寺が見え、周囲に高い建物が無かったことが分かる。しかも撮影時浅草寺本堂は大営繕中で仮覆い屋根で覆われているという大変珍しい動画となっている。営繕後の空中写真が浅草寺のこちらのページに載っている。
2009年(平成21年)から2010年(平成22年)にかけて行われた「平成本堂大営繕」と同じような仮覆い屋根がこの映画撮影時から1933年(昭和8年)まで浅草寺本堂を覆っていたのだ。
しかしながらこの映画から13年後の1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲で仁王門・五重塔・本堂共に全焼してしまう。仁王門は1964年(昭和39年)の再建時に宝蔵門と改称された。

大カーブを抜けつつ電車は浅草駅構内へと入っていく。現在と異なりホームが建物内部に収まっているのが分かる。4両編成位だったのだろうか?

これほど高精細に写っている航空艇の動画は初めて観た(15:23~)。映画内では「エーア カー」と紹介されている。動画から判断すると三線交走式普通索道のようだが何だか支索(鉄道でいうレールに相当)がずいぶん緩く張られているように見える。搬器のキャリアが支柱をヨッコラショと乗り越えている。が、キャリアが乗り越える支索サドルもシーソーのように動いて追従しているのでこういう設計なのだろう。
『交通.通信機関の今昔』にはこの他にも箱根登山電車(14:07~)や箱根登山ケーブルカー(14:39~)他が写っていて当時を知ることが出来る。





















