NIBL BASICの文法マニュアル。COMKITに付属していた物と思われる。「APPLICATION FOR NIBL VOL.1」とは異なり活字で印刷されているが当然ワープロでは無くおそらく和文タイプで清書したのだろう。下線や枠線、記号などが手書きで加えられている。
カテゴリー: 1978年
COMKIT 8060,8061のカタログ、価格表 1978
アドテックシステムサイエンス社製、COMKIT8060,8061の価格表やカタログが出てきた。COMKITというだけあって共にパーツキットとなっている。
なぜキット販売されていたか価格表を見て分かった。既にラインナップされている同一バス規格のボード類を組み合わせてBASICコンピューターとして使えるようにした物だった。8060と8061の違いは拡張性で8061は外部にバスを引き出すことにより各種のインターフェースボードを使えるようにしてあった。なので以前書いたレーザーディスプレーコントローラーはおそらくCOMKIT8061を使用していたと思う。
またNIBLBASICを走らせるために自作したCRTターミナルのカナキーの並びが変だと以前書いたがCOMKIT8060,8061も全く同じ変な並びだった。NIBLBASICの仕様だったのか? 自作CRTターミナルではアルファベットしか使えなかったのだがCOMKITではカナが表示できたようだ。
以下の価格表のG その他の7. シュガートミーフロッピードライブ?!とは何ぞやと調べてみたらシュガート ミニフロッピードライブのミスタイプだった(笑)。
「SC/MPによるマイコン入門」の雑誌記事 4 1978
「SC/MPによるマイコン入門」連載第4回(最終回)の記事。
改めて記事を読んでみると電子工作初心者向けに分かりやすくかつ製作上の注意点がしっかり押さえられており、自分が作る気になったのも納得である。当時、なんとかギリギリ理解できて手が届きそうな感覚だったと思う。
SubLOGIC社製8080/Z80 3D graphics package 1978
1979年から1980年にかけてシャープ製のZ80ボードコンピューターSM-B-80Tに256*160ドットのモノクログラフィクスボードを追加したセット(このページ内下部のTVとキーボードが接続されている画像)を使って3Dワイヤフレームグラフィックを作成した。
その際Z80で作動するsubLOGIC社製3D グラフィクスパッケージ(ソフトウェア)を購入し使用していた。どうやって購入したのかすっかり忘れたが直接メーカーに発注したかもしれない。そして送られてきたのが紙テープ!とダンプリスト!とマニュアルである。あいにく(笑)紙テープリーダーを持っていなかったのでダンプリストを手で打ち込んだ。
ダンプリストのプリントを発掘したので一部を載せる。マニュアルと、この3D グラフィクスパッケージで作成したアニメーション(リアルタイムで動かせるパワーは無かったので画面を8mmカメラでコマ撮り)の8mmフィルムが発掘出来たらまた載せたいと思う。

8080/Z 80 グラフィックス ユーザー様、
8080/Z80 3D グラフィックス パッケージに関して、明確にしておく必要がある点が 2 つあります。
まず、現在 8080 アセンブリ言語で記述されたプログラムは 1 つしかありません。
専用の Z 80 プログラムは記述されていません。当初は 2 つのバージョンがある予定でしたが、新しい Z 80 命令ではプログラムの実行時間が実際には短縮されないことが判明しました。算術シフトなどの新しい命令によってプログラムが高速化されると期待されていましたが、実際にはメモリ領域が節約されただけでした。
たとえば、算術右シフトでは、8080 命令の組み合わせ「RLC、RAR、RAR」の場合 3 バイトのメモリが必要ですが、実行には Z 80 命令で 23 クロック、8080 マクロで 12 クロックしかかかりません。したがって、3DG80.V02 プログラムは 3DGZ8.VOI プログラムと同じであり、配布されるのは 1 つのテープとリストのみです。
2 つ目のポイントは、実際には 3D マニュアルの更新です。一部の 8080/Z80 3D グラフィックス マニュアルでは、35 ページが 31 ページと 32 ページの間にまとめられています。このページは、もちろん間違った場所にあるため、MATROX インターフェイス プログラム全体を読むには、数ページ前 (または前) に移動する必要があります。また、37 ページでは、いくつかのコード セクションが入れ替わっており、行 70 ~ 7F が完全に欠落しています。添付の 37 ページの代替ページにより、このエラーが修正されます。この代替ページは、元の 37 ページを完全に置き換えます。
これらのエラーによりご不便をおかけしたことをお詫び申し上げます。弊社のソフトウェアに関するご意見や修正があれば、ぜひお寄せください。


ポラビジョン Polavision カタログ 1978
ポラビジョンのカタログをやっと発掘した。アメリカで発売されたのは1977年だがこのカタログには昭和53年10月1日と記載されているので、日本で発売されたのは1978年だったのだろう。
もしポラビジョンに音声も入って、ポラビジョンプレーヤーの光学系を切り替えると壁面投影も出来て、フォトテープカセットが簡単に開けられて既存のサウンド8mm映写機でそのまま上映可能だったら。。。
てっきり同時期に出たと思っていたポラクローム(35mmインスタントリバーサルフィルム)はこちらによれば1983年発売で2002年までは製造されていたとのこと。





COMKIT 8060に付属していた「APPLICATION FOR NIBL VOL.1」平綴じ冊子 1978
自分でNIBL BASICマシンを自作した話は先日書いたが、仕事でもアドテックシステムサイエンス製COMKIT8060、8061あるいは8062(搭載RAM量の違うモデルか?)を使用したレーザーディスプレーコントローラーを製作して1980年頃に新宿のディスコに納入したことがある。
そのCOMKITに付属していたのがAPPLICATION FOR NIBL VOL.1なるタイトルのB4用紙を横方向にホチキスで綴じた冊子。
NIBL BASICのプログラム24例と、未完の大作?!NIBL TREKが載っている。文章が全て手書きであることにまず驚くが、つまり日本語を扱えるPC・ワープロがまだ無かったということだ(正確にはこの年東芝が初の日本語ワープロJW-10を発売したが630万円した)。プログラムリストもプリンタ出力を切り張りした感じである。
ナショナル ラジカメ C-R1のカタログ 1978
サンシャイン・レザリアム -2- 1978
サンシャイン・レザリアム -1- 1978
1978年10月から、池袋サンシャインシティのプラネタリウムドームでレザリアムが公開された。
2014年3月8日
KBS レザリアムセンター -3- 1978
KBS レザリアムセンターは1978年3月19日に公演終了となり、同年10月から東京池袋サンシャインシティで公開されることになる。
2014年3月8日




