地味すぎるが、1982年に初めて電電公社で固定電話を引いたときの手続き書類が出てきた。
加入料・設備料 ¥80,300、債券代金 ¥147,900 計¥228,200も掛かっている。ただ電信電話債券は確か¥20,000位損すれば売買業者にすぐ売ることが出来た。固定電話を引くには本人確認が必要でこれだけお金が掛かるので、当時は固定電話の所有がある程度の身元保証的な意味合いがあった。
この後1985年この電話でアスキーネットに参加することになる。








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地味すぎるが、1982年に初めて電電公社で固定電話を引いたときの手続き書類が出てきた。
加入料・設備料 ¥80,300、債券代金 ¥147,900 計¥228,200も掛かっている。ただ電信電話債券は確か¥20,000位損すれば売買業者にすぐ売ることが出来た。固定電話を引くには本人確認が必要でこれだけお金が掛かるので、当時は固定電話の所有がある程度の身元保証的な意味合いがあった。
この後1985年この電話でアスキーネットに参加することになる。








EMULATORのカタログは楽器店で手に入れたものだが、SYNCLAVIER IIのカタログはどうやって手に入れたのか記憶にない。画像クリックで拡大。
2012年1月30日
その昔、TVで石丸電気やサトームセンやオノデンのCM盛んなりし頃の話。
2011年8月 3日
月刊ロッキンf 1982年3月号でLMD-649が紹介されている。別冊宝島と一緒に出てきたもの。
これがLMD-649に関して最も詳しく正確に書かれた記事だと思う。サムネイル画像クリックで拡大。
この雑誌記事を読み返してみて思い出したことがあった。先日LMD-649についてここに書いた時、A/D,D/Aは東芝研究所製でコントロールロジックボードは私の自作だったことは覚えていたのだが、メモリボードはどうしたのか忘れていた。RAMボードはダイナミックRAMの載った市販のものだったのだ。確かアドテックシステムサイエンス製で、この頃メモリボードのメーカーとして有名だったと思う。
バス規格はどうしていたのだろう。バス配線はバス基板ではなく手配線だったように記憶している。
A/D,D/Aは12bitだからデータバスは最低12bitはあったはず。アドレスバスはメモリ容量64kwordということになるので1024*64-1=65535=FFFFH=16bitとなる。
RAMボードは当時のことを考えると16bit*32k*2枚ではなく8bit*64k*2枚だった可能性が高い。
バスが手配線だからアドレスバスは共通、データバスをボード1と2で下位8bitと上位4bitに分岐させれば解決である。
2011年2月 3日