1月の「初めてのマイコンECOM-800は自作だった 1978」で以下のように書いた。
2011年8月18日
YouTube Tokyo Skylineチャンネルのウェブマスターが印象に残る仕事や出来事を綴るブログ
1月の「初めてのマイコンECOM-800は自作だった 1978」で以下のように書いた。
2011年8月18日
The Beeの(当時私は店長と思っていた)プロデューサーは岡田大貮氏、30年以上ぶりに拝見しとても懐かしい。
たまに貸切イベントが開かれることがあり、今でいうショーケースライブのようなライブが行われることもあった。ファッション系イベントのときトイレに行ったら隣に三宅一生氏がいたなんてことも。
TV・雑誌の取材もたまにあり、TV取材では「独占!女の60分」や「出没!!おもしろマップ」など。「女の60分」はレポーター役の女性がレーザーのオペレーションをするという企画だったのを覚えている。
店が終わるのは夜中3時過ぎ、バイトのウエィターさんは始発まで待っていたようだが私はなんと毎日タクシーで帰っていた。片道3000円くらいだろうか?半年以上それを続けていたのだ。DJに「近くに部屋借りたほうが安いよ」といわれたがもっともである。
2011年1月21日
1978年の11月末~12月位にそのディスコはオープンした。六本木The Beeである。
ちなみにThe Beeは六本木の交差点から飯倉片町の交差点に向かい六本木ピット・インの角を曲がったところにあった。今はどうなっているのかとグーグルマップでストリートビューを見ていたらとんでもないものを発見してしまった。昔のThe Beeの入り口ドアである。当時は分厚いガラスドアだったと思うがドアの形は変わっていない。
ドアを開けるとタイムスリップしてしまいそうでものすごく怖い(笑)。
追記:2017年7月のストリートビューでは室内が使われているらしくドアが半開きだが。。。
2011年1月20日
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SC/MP II マイコンを自作した年の11月大学祭があり、私は実行委員の一人として参加した。
Yさんが持ち込んだ機材はレーザー本体以外はすべて手作りだった。そんなほとんどアナログな機材の中に、唯一文字や図形をデジタルメモリからD/A出力できるものがあった。
Yさんからそんな機材のかんたんな説明を受けて大体理解できた私が「なるほどこういじればいいんですね」などと話していると「キミ、それ分るの?」と一緒に来ていたAさんに話しかけられた。「ちょっと前にマイコンを自作したんです」と話すと「月末に六本木のディスコにレーザーを入れるんだけどバイトしない?」。いきなりスカウトである。
2011年1月19日
雑誌トランジスタ技術1977年10月号~1978年1月号に「◎マイコンピューターをつくろう SC/MPによるマイコン入門」という製作記事が掲載された。当時大学の映画学科の学生だった私はこの記事を見て作ってみたくなり、1978年初め頃ほぼ記事と同じ形で製作したのだった。アキバでパーツを買い集め、生まれて初めて多数の半田付けをどうにかこなして大きなトラブルもなく、マイコンは無事動いた。当時パソコンという言葉はまだなくて、マイクロコンピューターと「私の」をかけてマイコンと言っていたと思う。
これをマイコンで出来ないかと思ったのがきっかけだったような気がする。きっとそういう製品もあったと思うけど。
さて、マイコンを作ったことがこのあと私の進路を決めることになろうとは。。。
2011年1月18日