BOSE SoundDock® digital music systemにアナログ入力ケーブルを取り付けてみた 2018

◎BOSE SoundDock® digital music systemをヤフオクで入手  送料合計¥3,796

作業場で音楽を聴くためのアクティブスピーカー(アナログ入力付き)で音量リモコン付きの物をヤフオクで探し、BOSE SoundDock® digital music systemを手に入れた。落札価格¥2,900送料¥896計¥3,796也。

アナログ入力がDockポートだけで外部入力端子が無いのは知っていたが、YouTubeに外部入力を追加する改造動画が何本かあったので何とかなるだろうと判断した。その時点では外部入力ジャックの付いた後継モデルのSoundDock® Series II digital music systemを知らなかったので(笑)。

BOSE SoundDock® digital music systemは
(1)底面にDockポートの取り付けられている半円形基板(Dockポート基板)
(2)アナログ入力処理(DSP?)基板(入力処理基板)
(3)左右スピーカーユニットの間に放熱器の付いたパワーアンプ基板
の計3枚の基板で構成されているようだ。(1)-(2)、(2)-(3)基板間は
フレキシブルフラットケーブルで接続されている。

改造箇所は2ヶ所。
1.Dockポートからのアナログ入力ライン(2 AGND 3 Right 4 Left)の基板パターンにアナログ入力ケーブル(ステレオミニプラグ付)を接続する
2.Dockポートの11 AUDIO_SWと15 GND間の基板パターンを2kもしくは2.2kの抵抗で接続する(ポートからのアナログ入力をONするため)

YouTubeの改造動画では(1)Dockポート基板パターンに抵抗を半田付けしており、アナログ入力ケーブルは(1)Dockポート基板パターンに半田付けしている物と(2)入力処理基板パターンに半田付けしている物があった。

◎アナログ入力ケーブルを取り付けるべく改造開始(トルクスネジは外さず改造してみる)

さて、では底蓋を開けてと・・・ゲゲッ、(1)Dockポート基板の底蓋は小さなトルクスネジ3個で固定されている。適合するトルクスドライバーを持っていない!(2)入力処理基板の底蓋はプラスネジなのに・・・
(1)Dockポート基板の抵抗を接続するパターンはフラットケーブルを介してそのまま(2)入力処理基板に来ているので、(1)Dockポート基板はいじらず抵抗も(2)入力処理基板側に半田付けすることにした。
が、そのせいで抵抗は隣り合ったフラットケーブルコネクターの表面実装端子(足)間に半田付けすることとなった。

底面から見る 上部半円形の底蓋を止める3つのネジがトルクスネジ 中に(1)Dockポート基板が入っている
(2)入力処理基板の底蓋と基板を外したところ (1)Dockポート基板と(2)入力処理基板を接続するフラットケーブルが出ている内部の基板ごと取り外したDockポート 4つのゴムブッシュが本体側の溝に入り底蓋で押えられており、直接固定されていない 可動域を持たせてiPod,iPhoneの抜き差し時のコネクタに加わるストレスを減らす狙いか? あるいはスピーカーの振動がiPod,iPhoneに伝わらないようにするためか?Dockポートも取り外した後のスピーカー底面 (2)入力処理基板と(3)パワーアンプ基板を接続するフラットケーブルが見えている(2)入力処理基板の(1)Dockポート基板と接続されるフラットケーブルコネクタ
コネクタ端子の19番20番間を2Kもしくは2.2Kの抵抗で接続する(熱収縮チューブを被せている) 19番側はコネクタから引き出されたパターンの空いているスルーホールに半田付けしてある
(2)入力処理基板の上記抵抗取り付け面の反対面(スピーカー底面側)にアナログ入力ケーブルを接続する(白Left赤Right)抵抗と入力ケーブルを取り付けた(2)入力処理基板を元に戻す(2)入力処理基板の底蓋とスピーカー底面奥のスカート部分にカナノコとやすりで凹部を作りケーブルを引き出して完成

iPODもiPhoneも持っていないのでスピーカーを手に入れてから一度も音出ししていない。
改造後無事鳴ってホッと一息。

作業場は8m×14m位の広さだが、このサイズと重さのスピーカーがら出ているとはとても思えないスケールの音質と音量で鳴っている。とにかく大音量でも破綻しない。重低音が出過ぎることもなく好印象、従来演奏の背後に埋もれていた小さな楽器音などが聴こえてハッとすることが多い。ただしサラウンド効果などは全く無く、音はあくまでこのスピーカーのサイズから聴こえてくる。

◎BOSEのノウハウと製品としての大胆な割り切り

全くもってシンプルな外観で「BOSE」ロゴだけ前面と背面にある。外装はただの黒いプラスチックだが表面はとても綺麗でピアノブラックといえる。表面全体の湾曲や背後の飛び出た部分の外形が、箱鳴りなどを避けウェーブガイドを理論的に正しく収めるための広大なノウハウを感じさせる。開発にお金かかってそう。

機能的にはこれまた全くもって割り切りすぎている。とにかく入力はDockポートしかないのだ。本体には電源スイッチすら無く、Dockポートの左右にある+-の音量ボタンのみ。音質調整は一切無し!
ACアダプターから接続される電源コネクターは(2)入力処理基板に半田付けしてあるコネクターが、スピーカー背後の接続口から直接見えている。当然抜き差しすると直接基板にストレスがかかるが、極論すれば設置する時1回しか挿さないのだからこれで良いということなのだろう。

とはいえ、さすがに外部入力ジャック無しは問題になったのだろう、この後のモデルの
SoundDock® Series II digital music system以降には外部入力ジャックが付けられている。
またバッテリー駆動が可能となったSoundDock® Portable digital music systemや、Bluetooth®ドックが付加された<SoundDock® 10 Bluetooth® digital music systemが登場する。これらのモデルについてはこちらのブログ内の比較表が分かりやすい。

浅草寺五重塔に上ってみた 2017

間近から五重塔を見上げる

2017年12月8日は1年に3日ある浅草寺五重塔最上層聖仏舎利の参拝日。
1年以上かかった五重塔修復後初となる日に初めて行ってみた。
なお参拝できるのは、原則として五重塔牌殿に永代供養のため位牌を納めている施主及び親族のみ。

内部の階段で上り下り
最上層のベランダ 下から見える欄干はこのように高い位置にある
スカイツリーと宝蔵門
本堂と二天門

↑本堂から観音裏方面、浅草寺病院が見える

↑雷門方面、左下から連なる緑色の屋根は仲見世、中央下の建物は浅草寺幼稚園

↑ビューホテル方面

↑花やしき方面 Beeタワーが無くなってしまった。。。自分には「人工衛星塔」のイメージが強かったが

浅草寺五重塔に上ってみた2 2018

浅草寺五重塔に上ってみた3 2019

浅草松屋 スカイクルーザーはどこに設置されていたのか?2 2016

前回のブログで、航空艇の乗り場が後にスカイクルーザーの乗り場に改修されたのでは?と推測したが他の画像からそれで合っていたことが分かった。

以下屋上遠景2点と航空艇乗り場を切り出したもの
松屋絵葉書1.jpg航空艇乗り場1.jpg
 
松屋絵葉書2.jpg航空艇乗り場2.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左端に航空艇乗り場が見えている
20080302173625.jpg

2016年1月11日

浅草松屋 スカイクルーザーはどこに設置されていたのか? 2016

何十年かぶりに?浅草松屋の屋上に行ってみた。

以前書いたスカイクルーザーはどこに設置されていたのだろう。
 
デパート竣工時の屋上(クリックで拡大)赤矢印のが現在のこの建物だろう
竣工時屋上矢印.jpg
塔屋1.jpg
屋根周りの装飾や外壁のタイルなどは失われているが、窓の位置、入り口ドアの位置、ドア上の庇の形状が一致している。
結論から言うとこの塔屋の上にスカイクルーザーが設置されていたと思われる。
 
そして竣工時画像左端、手前の塔屋には屋上に上る階段がすでにある(下端1/6追記参照)。
 
以前の記事中でも引用させていただいた1955年の映画「東京暗黒街・竹の家」から、この塔屋の階段側から見たシーンがこれ↓
竹の家塔屋1-1.jpg


そして乗り場側からの遠景だと↓

竹の家塔屋1・2.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

塔屋1・2.jpg乗り場へ上がる階段が付いているのが、この画像左側の塔屋だろう。現在画面奥から上ってくる階段は、塔屋左手から右手踊り場に上がり折り返して左手屋上へと設置されていたようだ。

 
 
 
以下「東京暗黒街・竹の家」から別なシーン
↓乗り場階段下側より見上げる
竹の家塔屋1・2-2.jpg

↓乗り場へ向かう階段(かなり急だ)

竹の家塔屋階段.jpg

 
 
 
 
 
 
 
 
竹の家塔屋から屋上.jpg
 
 
 
 
 
↑乗り場への階段からカメラを右へふった画像だが、右手前に豆汽車、奥に飛行塔、最も奥に円盤が斜めに回転する乗り物(外周に回転方向を向いた座席が付く・名前に「ロケット」が付いていたと思う)、左奥には動物のいる檻、その奥には観覧車が見えている。これ全部乗ったなぁ。
 
スカイクルーザー乗り場から見たと思われる東武の鉄橋と隅田川(左)、屋上からだが現在の風景(右)
竹の家東武鉄橋.jpg

東武鉄橋・ツリー.jpg

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「東京暗黒街・竹の家」の予告編を観て動いているスカイクルーザー(02:04あたりから)を発見!
座席の動きが記憶通りで安心したが、前回記憶で書いた回転構造と違っていた。
台座上に載っている鉄骨製の回転筒?と中央の半円地球儀が一体で回転しており、回転筒に斜めに取り付けられた観覧席部分がそれとは逆回転していたのだった。
単純に回転しているだけでも当時十分であっただろうに、凝った構造にしたものである。
 
1/6 追記
デパート竣工時の画像を見ていてアッと気が付いた。画面左端にスカイクルーザー乗り場に向かう階段がすでにあるではないか!ただ塔屋屋上には後に無くなっている張り出し部分が付いている(「乗り場階段下側より見上げる」画像と比較)。
ロープウェー(航空艇)は屋上を斜めに縦断しており、竣工時の画像でロープウェーが画面奥まで進んだ端の画像がこれ↓だ。煙突が写っているので間違いないだろう。
 
浅草松屋航空艇終端.jpg
こちら側には乗降用ホームがない。
後のスカイクルーザー乗り場の位置にロープウェーの乗降用ホームがあったのではないか。おそらくこのロープウェーは交走式で、1台の搬器がホームにいるときもう一台はこの画像の位置にいたのだろう。乗客は往復後降りることになる。
 
もう一点。竣工時画像左側奥にいくつか見える動物用の檻の内、最も奥の塔屋に接して建てられているものが上の「東京暗黒街・竹の家」豆汽車や飛行塔の写っている画像にもそのまま残っているように見える。
 
 

2016年1月4日

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DAHON Helios C9パーツ交換で復活 2015

6/6にショップより修理完了との連絡があり、6/7に受け取り。

フォークが色違いになったが直ったのでよしとする。
DSC_0357.JPG
今回の件で自転車トラブルについて検索してみると。。。
上のまとめページなど自転車折れまくりで、自転車に対する信頼性の感覚が変わらざるを得ない。
しかしまとめページなだけに「結局どうすればよいの?」か分からない。
学習できることは「早めに買い換えれば安全」ということである。
もっと探してみよう。


2015年6月10日

DAHON Helios C9のステアリングコラムがポッキリ折れる 2015

10年乗っている折りたたみ自転車、DAHON(ダホン) Helios(ヘリオス) C9のステアリングコラムがポッキリ折れた。
走っていると急に前輪がうねうね?するような妙な感覚があり、タイヤかホイールがおかしくなったかと思い停まって見てみたが異常なし。
不思議に思いつつ再びこぎだそうとしたとたんポキッとな?!
エエエ-ッ、そんなぁ。。。

DAHON Helios C9 1DAHON Helios C9 2DAHON Helios C9 3

画像内矢印が折れた部分(クリックで拡大)。ヘッドチューブ内の上のほう。
折れた結果、ハンドルとフロントフォークはヘッドチューブから上下に抜ける状態。

おそらく徐々に亀裂が広がりつつあったと想像できますがここが折れるとは。
「あーそこね!古くなると折れるんだよねー(笑)。」なんてことないですよね?
同車種もしくはDAHONの類似車種にお乗りの方には点検をお勧めします。

ちなみにこの自転車のフレームには”05″シールが張ってあるので2005年製かと。

飛ばしているとき突然折れなくて本当に良かった。

2015/6/2 追記
5/31にメンテナンスや修理をお願いしているショップ(購入店)に持ち込んだ。
翌日にショップより連絡がありメーカーからの返事は、
1. Helios C9の交換パーツはすでに無い。
2. Helios C9に適合すると思われる他の車種のパーツがある(色は黒)。
とのことで、そのパーツをショップに送ってもらい
3. 無事取り付けられれば修理完了。 もしくは
4. 取り付けられなければ修理不能で終了。
修理代金は¥23,000~¥24,000とのこと。
メーカーの対応から察するに、10年経過したDAHONにおいて「ステアリングコラムの折れ」は特別なことではないようです。
パーツ交換で直ってくれればいいのですが。。。


2015年5月27日

宮崎シーガイア オーシャンドーム 1994

オーシャンドームが解体されるとのこと。

 「屋根の鉄骨部材の腐食が想定以上に進行しており」とあり、基本的なメンテナンスも行われていなかったということだろう。
そんな折、オープンから約1年経った1994年7月にオーシャンドームに行ったときのパンフレット類が見つかった。
オーシャンドーム1.jpg
オーシャンドーム3.jpg
ドーム内で撮影した画像。
快晴ということもありドームの屋根を開閉するイベント?が行われた。
左の画像は屋根が開き始めたところ。
オーシャンドーム2.jpg
オーシャンドーム4.jpg
昼間ずっと開いていたわけではなくせいぜい数時間で閉まったと思う。
まだ高層ホテルはオープンする前。
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オーシャンドームチケット2.jpg
オーシャンドームレシート.jpg
入場チケットとレシート。
ワンデイチケットが¥4,200、これでプールやウォータースライダーが利用できるがロッカー、一部のスライダーやアトラクションは別料金。ドーム内は基本的に水着なので、プリペイドバンド(ロッカーキーが差し込める手首用バンド)で各種利用料金を払うことになる。
ワンデイチケットと¥5,000のプリペイドバンドを2人分購入して¥17,560也。ドームに足を踏み入れる前にこれだけかかったのだ、20年前に(笑)。
チケットが10%引きになっているが、全日空スカイホリデーを利用したのでその特典だったのかもしれない。ちなみに東京ディズニーランド1994年当時の1日パスポートは¥4,800だった。
以下は入場時にもらえるガイドブック。
オーシャンドームパンフ1.jpg
オーシャンドームパンフ2.jpg
折り込んである表紙を開いた面とその裏。
オーシャンドームパンフ2_3.jpg
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オーシャンドーム外観.jpg
翌朝宮崎空港へ向かうバスから撮影したドーム全景。
これもとうとうザウスと同じ運命になろうとは。。。
この後長崎へ飛び、ハウステンボスに2泊してからスペースワールド、福岡海の中道に泊まってマリンワールドなどを観光したのだった。


2014年10月26日

レーダーマン シングル ブックレット 1984

レーダーマンのシングルレコードに付属していたブックレット。

アームは電飾が取り付けられる前の状態であり、後の動画動画2(画質良)では外されている肩当て部がついている。
レーダーマンは草月ホールで発表ライブが行われて、その時にP8で紹介されている当時の勤務先が製作したレーザープロジェクターがアームに取り付けられ使用されたと記憶している。
ただプロジェクターシステムをツアーでは使用しなかったと思う。当時光源はガスレーザーであり200V電源と冷却水が必要でセッティングは簡単でなかった。
スライド投影されたスクリーンの前で彼女は撮影されているようだが、P4-5の背景に駅員のいる地下鉄の改札が写っていてビックリ!調べてみたら自動改札が地下鉄で本格的に導入されたのは1990年代とのことで納得。
レーダーマン表裏表紙.jpg
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2014年5月31日

サンヨーカラーテレビ サンカラー パンフレット 1969

私が初めて買ってもらったステレオセットの取扱説明書類と一緒に、カラーテレビのパンフレットが出てきた。

ちなみにステレオセットはパイオニアのフルオートレコードプレーヤーPL-A25+パイオニアのプリメインアンプSA-50+コーラルのスピーカーBX-800*2だった。
パンフレットはサンヨーカラーテレビ サンカラー 19-CT8500(19-CT8500U)型と、
「薔薇」の愛称のついた 19-CT1001NU(19-CT1001N)型の2種類。
(共にUの付いているのがUHFチューナー内蔵モデル)
19-CT1001NUが新型モデルと思われ、第一家庭電器(株)万世橋店のハンコが押してある。
パンフレットの端に鉛筆で数字が書き込まれており、どうやら店頭で価格交渉したようだ。
ステレオセットを購入したついでにテレビも見たらしい。
実家では1964年東京オリンピックの時にテレビを買い換えたが白黒テレビで、1970年大阪万博の時にサンヨーのカラーテレビに買い換えた記憶があるので時期的に合っている。
近所の電気店がサンヨーのチェーン店だったので、てっきりそこで購入したのだと思い込んでいたのだが秋葉原での価格も確認して検討したのだろう。
ただし実家で買ったのはこれらのパンフレットの19インチではなく16インチ?モデルだったような気がする。
19-CT8500(19-CT8500U) クリックで拡大
サンヨーサンカラー19-CT8500パンフレット表
サンヨーサンカラー19-CT8500パンフレット裏
19-CT1001NU(19-CT1001N)
サンヨーサンカラー19-CT1001Nパンフレット表
サンヨーサンカラー19-CT1001Nパンフレット裏
ATS -> FULL ATSと進化しているが共にチューニングや色合いの自動調整をセールスポイントにしている。当然完全アナログチューナーの時代だが自動調整が売りになるほど毎回微調整が必要だったのだろうか?なぜブラウン管をアピールしていないのだろう?
サンヨーカラーテレビについて検索していたら、サンヨーはカラーブラウン管を自社製造していなかった
という記事を見つけた。この記事にも書かれているとおり、それでブラウン管の構造や発色などをアピールしていなかったのだ。
「現金正価」という書き方が時代を感じさせる。現在でも決して安いとは言えない価格だが現在の大卒初任給を20万円とすると1969年当時は3.2万円程度だから約6倍の物価差と考えると120万円!近辺の凄い価格となる。。。高度成長期でなければとても手が出せなかったろう。
今なら80インチも楽々、何ならこうゆうのでホームシアターも可能。。。
価格を考えればやはりこれくらいの「立派」な家具調ケースが必須だったに違いない。
スペック表も興味深い。
19-CT8500                                        19-CT1001NU
19-CT8500定格.jpg
19-CT1001.jpg
重量50Kg!真空管20球以上!
確かに当時カラーテレビを裏から覗いてみると真空管がびっしり、とっても暖かった(笑)記憶がある。1、2回は故障して修理してもらったがあれだけ真空管載っていれば(もちろん冷却ファンなど無し)故障もします。
サンヨーはこの翌年の大阪万博ではパビリオンを建て人間洗濯機などユニークな展示をした。
個人的にはサンヨーといえばカドニカ(ニッカド電池)太陽電池のイメージがある。
今やパナソニック傘下となりブランドが風前の灯となろうとは。。。

2014年5月6日

サンシャイン・レザウンド 1986

これは和製レザリアム?といったようなもので、1986年10月~12月の3ヶ月間サンシャインプラネタリウムで行われたレーザーショーである。下はパンフレット(クリックで拡大)。

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勤務先の仕事として私も制御系開発担当として関わっていた。
少なくとも1984年に京都で開催された国際伝統工芸博サントリードームの時にはレーザーショーシステムをSMPTEタイムコードで音声や外部機器と同期できるようにしていて、ここではその改良版システムが使われていたと思う。自動再生で上映中のオペレーションは不要だった。下はプログラムより。
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確かFM局とタイアップして聴取者ご招待上映会もあったと思う。
さて、ここをご覧の方でレザウンドをご記憶の方 がいらっしゃいますかどうか。。。

2014年4月12日